〜世界医療の破壊、薬が効かない細菌の脅威〜
(畜産飼料への抗生物質の使用が、耐性菌の引き金)
「多剤耐性菌」この言葉を新聞紙上、テレビニュースでよく見たり聞いたりするようになりました。
耐性菌については、かなり以前から問題視され、ことに病院内での感染細菌に抗生物質など治療薬の効果が出ない、薬剤に対する耐性が出来た菌がはびこるなどの対策に苦慮している話はかなり耳にしています。
その耐性菌がさらに強くなり、あらゆる薬剤に対して耐性を持った菌が「多剤耐性菌」です。
あらゆる薬に感受しないこんな細菌に感染したら最後、耐性菌が増殖し死に至るのを黙って待つか、自分自身の自然治癒力、免疫力の回復と活性に期待するしかありませんが、病状が長い患者に、自分自身の体力で耐性菌を退治するのは難しいかもしれません。
こんな厄介な「多剤耐性菌」が、今ヨーロッパで大流行しそうな、危険な状態になっているようです。
どうも発端はインド、パキスタンでこの「多剤耐性菌」が流行、この地区を旅行したり、この地で病気や整形などで手術をした結果、強い耐性菌に感染、そのまま帰国し周囲に「多剤耐性菌」なるものを撒き散らし、その菌がそれからそれへと感染の輪を広げたと言えます。
一般に耐性菌の多くは、特定の抗生物質などに対して耐性を作り、薬効を感受しない、MRSA(抗生物質メチシリンに耐性が出来た黄色ぶどう状球菌)とかVRE(抗生物質バンコマイシンに耐性が出来た病原性球菌)が良く知られています。
このMRSAやVREだけでも、病院関係者は手を焼いている現在、それ以上にあらゆる薬を受け付けない「多剤耐性菌」が侵入したら、病院は手の打ちようがなくなってしまいます。
さてなぜこのような耐性菌が出来るのかの簡単な説明をいたしましょう。
そもそも肉眼では見ることが出来ない細菌(微生物)は、地球上で最も古くそして生存し続けてきた生物です。
この微生物のあるものが進化したり、突然変異したりして、地球上の生物を作ってきたとも言われています。
それは進化の歴史のなかの教科書などで勉強する機会があるでしょう。
これとは別に昔から変異しないで、そのままの姿で種族を繁殖させてきた微生物もたくさんいます。
これらの数は類、門、科、属、種、目などに分類され、この地球上に天文学的な数字以上に存在しています。
これらの微生物はそれこそ太古の昔から生存し繁殖し仲間を増やして来ているよう、生命力の旺盛な生き物が微生物で、大別すると病原微生物、発酵微生物、土壌微生物と言えます。
これらの微生物がいなかったら、人間も動物も植物も現在のような姿にならなかったのではないかと考えられるほど、微生物は生命維持に深く入り込んでいます。
簡単な例が私たちの腸内で働いているのも微生物ですし、木や草が枯れて大地の中に溶け込むのも微生物による分解です。
その分解により大地は豊かになりまた作物を育てます、その生育にも微生物が働きます。
このような微生物は生い立ち、居住地、発生地などによりいろいろの姿と大きさと機能がありますが、今回は耐性菌の話に統一するため、微生物についてはまたの機会に解説します。
とにかく細菌、微生物は生命力が旺盛で仲間を増やします。
その中の病原微生物もまったく同じで、自分の生命を犯す抗生物質や抗菌剤が攻撃しますと、はじめは全滅しますが中にはそれらの薬剤の攻撃を回避するにはどうするかを本能的に察知する細菌がいます。
ひとつの例はペニシリンです。
抗生物質の先駆者で歴史的に有名な薬で、1940年代から活躍し、この薬の発見によって、人類はどれだけ救われたか知りません。
ところが1950年代になるとこの薬が効果を発揮しない感受性を持たない病原菌(黄色ぶどう状球菌)が出現したのです。
これが耐性菌の始まりです。
万能薬ペニシリンの初期は、ペニシリンを生産する有機物(微生物)で生産していましたが、大量使用可能な化学合成のペニシリンに変わり、大量生産されコストも安くなり、気軽に簡単にあらゆるところで大量に使われルようになりました。
このペニシリン攻撃を撃退するにはどうしたらよいか、病原菌仲間が考えたのが、ペニシリンの薬効を溶かす酵素、ペニシリナーゼ、ベーターラクターゼなどを作るようになり、ペニシリンを分解し対抗しました。
これによってあれだけ効果の高かったペニシリンがただの無価値な水か、粉末になったのです。
もっと巧妙なのは、細菌の分子を変異させ、抗生物質が効果を発揮できないような黄色ぶどう状球菌が出現したのです。
それが耐性菌の代表MRSA菌です。
そのほかに突然変異を起こし、今までの遺伝情報とは異なった性質となって、抗生物質と対抗したり、ウイルスと結合しファジーなウイルスなのか細菌なのか得体の分からないようなヤツもいます。
これら多くが人類が開発した抗生物質あるいは殺菌剤に対応して、死なない、殺されない性質に変化した細菌微生物、これが耐性菌です。
その中で困ったことに、バンコマイシン耐性球菌のVREの出現には、畜産に使用している発育促進目的の抗生物質の影響がかなりはっきり証明されています。
この抗生物質はヨーロッパで生産されたアボマルシンという薬で、広くヨーロッパからアメリカ、アジア諸国そして日本でも使用されました。
日本での発売は意外と遅く1986年ごろでした、発売発表に販売代理店の大手製薬会社から呼ばれ、挨拶させられたことを覚えています。
私は抗生物質の普及にはその頃から反対していましたので、この薬をぜひ使うようにとは話さなかったと思います。
とにかく成長促進剤としては優れていたのでしょう、私がコンサルタントをしていたタイでも、かなりのマーケットを広げたようです。
そしてこの薬を使った鶏肉がタイから輸入され、肉の中に残留したアボマルシンが多いことを問題にした大学の研究室があり、さらにこのアボマルシンが人間の治療に最も効果が高い抗生物質バンコマイシンと構造式が類似してるとの発表もありました。
この発表は正しく、やがてバンコマイシンの耐性菌の原因が、アボマルシン使用の鶏肉、豚肉、鶏卵などを食料とした人に関係するとの発表もあり、世界的に使用禁止、発売禁止になった過去がありました。
残念なことに発売禁止になってから20年近いですが、バンコマイシンの耐性菌は今でも解決していません。
それだけに菌の性質を変えさせる要素が強ければ強いほど、その耐性菌はいつまでも跋扈(ばっこ)します。
さてそこで問題になるのが、畜産の飼料に添加されている抗生物質です。
ご承知のようヨーロッパでは、アボマルシンのショックが大きかったのか、数年前より飼料添加の抗生物質はすべて禁止しています。
その影響は若干はあって、病気の発生は増えているようですが、治療薬として獣医師の指導の下に適正に抗生物質は使用されています。
今までみたいに、慢性的に野放図に飼料に添加しないだけヨーロッパの人たちは、安全な無薬卵、肉、乳が安心して摂取することが出来ます。
何回も紹介してきましたが韓国が2011年から、ヨーロッパと同じ無薬生産物を作る法律が施行され、飼料への抗生物質、抗菌剤の類は一切添加不可能になります。
私どもの会社もこのプロジェクトに関係しますので、安心安全な畜産生産物づくりに全力を尽くしお手伝いする予定です。
アメリカも畜産物の抗生物質残留に悩んでいます。
今年の6月に、アメリカ食品医薬局(FDA)はついに、餌や飲み水に混ぜて常時豚や鶏に抗生物質を与えることを、出来るだけ控えるよう、または減らすように畜産業界に指針を伝達しています。
たしかにいままで、アメリカの牛肉、豚肉、鳥肉は成長促進の目的でかなりの抗生物質が使われていました。
これがため今までにないような耐性菌の発生が増え、医療関係に深刻な問題を投げかけています。
どうしても動物用抗生物質の使用を自粛してもらわざるを得ない事態にまで到達してしまったことになります。
耐性菌発生と、畜産飼料の抗生物質添加との関係は、かなり以前から論議の的になっていましたが、畜産業界と製薬、化学会社などの政治へのロビー活動が功を奏し、なかなか禁止にまで踏み切れないでいました。
それゆえ、今回FDAは英断を持って指針を出したことは、評価すべきでしょう。
その背景には世界保健機構(WHO)の畜産への抗生物質添加は、条件付で廃止するような提案があったからです。
WHOが率先して薬害公害と耐性菌発生に黄色マークを掲げたことは、全世界の畜産産業に対するもので、アメリカだけに対するものではありません。
ところで日本はどうなのでしょう?
食品安全委員会は2004年からこの問題を取り上げ、評価しているがいまだに結論が出ず、慢性的に飼料に抗生物質が投与されている現状です。
日本の消費者の意識の中に、耐性菌の危険性や、薬が残留する肉や卵の危険性への認識が薄いのも困り者です。
アレルギーやアトピーがこれらの原因とは言い切れませんが、体質や遺伝子、環境破壊などどこかに歪が出ているはずです。
抗生物質を使った畜糞を有機肥料の堆肥として使用した、有機JASの認証農産物はもっとも危険な、抗生剤入りの農産物ともなりえる可能性があります。
生産性と利益優先で拡大した畜産は、そろそろ今までの考えを見直す時期でしょう。
しかしこんな努力があっても農水省や、食品安全委員会などが等閑視しているようでは、日本の医療費はますます増大し、人々の健康は知らずのうちに蝕まれることを憂います。
世界の潮流を見逃さないでください。