抗生物質の話

〜第二次大戦中に生まれた夢の万能薬〜
(畜産使用禁止で減少したヨーロッパの耐性菌)

前回、プロバイオティク(生菌剤)のことを書きましたので、今回は同じ微生物から生まれたアンチバイオティック、即ち「抗生物質」の話に触れましょう。

まずプロバイオティック(Probiotic)とは何かを直訳すると、プロ(Pro)とは学実的用語で前から以前からとの意味で「以前からの生物(Before Life)」「先の生き物(Front Bio) 」となり、病原菌微生物が繁殖する前に、すでに生存繁殖していた有用微生物で、有害微生物の繁殖を妨げるバイオティック(生き物)ということになります。

ことに腸内で働くために作られたプロバイオティック(Probiotic)は、腸内菌と協力する代表選手で、腸内の環境と菌叢を健全に保つ働きをしています。

それと違ってアンチバイオティック(抗生物質)は、生まれは同じ微生物から生産された代謝物質ですが「他の微生物の発育増殖を阻害する」機能がある、すなわち「反抗する(Anti)生体物質(Biotic)」と言うことになります。

微生物はそれぞれ生命体として、自分の仲間を自然界で増やし、占拠しようとする本性があります。

その繁殖条件は適正な温度と湿度、そうして繁殖する栄養源(培地)がありますと、幾何級数的に分裂を繰り返し、菌数を天文学的数字にまで短時間でもっていきます。

その繁殖時点で、他の微生物が同じ培地に生存していますと、自分のテリトリーを守りまた増やすため、微生物同士の生存を掛けた戦いを始めます。

そのとき敵を倒すために、死滅させるか、繁殖を阻害する化学物質を出す特有な微生物があり、その阻害物質の名前を「抗生物質」と呼びました。

この発見は20世紀初頭、イギリスの細菌学者フレミングが偶然にアオカビの中の有る物質が、病原性細菌の発育を阻害していることを発見、その後この機能を特化し、組織的培養技術を開発量産し、1940年代になってアメリカから「ペニシリン」と言う名の商品が世の中に紹介されました。

それまで、人類の死亡原因の第一位が、細菌性病疫によるものであったので、この抗生物質の発見は人類にとっては画期的なもので、病原菌による疾病の予防治療の万能薬的働きをしました。

あたかも第二次世界大戦中で、傷病兵の治療と細菌感染を防ぐ特効薬としてその効果を発揮し、連合軍の勝利の影にこのペニシリンがあったと、評価されたぐらいです。

といって日本でも、同盟国のドイツなどから、ペニシリンの情報が入ってきていて、何とかして傷病兵の細菌化膿が抑えられないかのと、軍を中心に研究チームができ、アオカビを見つけ開発を始め、一応の成功を収めていました。

その名前を青黴(あおかび)のイメージを生かし「碧素(へきそ)」と名乗ったようです。

この話は、抗生物質について少し勉強したとき知った話ですが、昭和20年(1945)戦争に負け、この研究チームは解散したようで、残念なことでした。

さて微生物由来の抗生物「ストレプトマイシン」や「クロラムフェ二コール」が開発発売されたのが1950年代、不治の病と恐れられていた結核撲滅に多大な貢献をし、結核菌の脅威から人類は解放されたのです。

その後、抗生物質は人類の病原菌疾病から救う福音として、各国の製薬会社は開発競争にしのぎを削り、製薬事業発展の基本的素地を作ったといっても過言ではないでしょう。

その最初の技術は、あくまで微生物発酵による増殖時に出す抗生物を、薬品として精製したもので、生物的製剤の化学物質でした。

ところが1960年代になりますと、抗生物質の造り方も変化し、科学技術で抗菌力のある誘導体を作る方法で、化学合成でペニシリンなどの抗生物質を開発するようになり、その技術の進歩により、抗生物質は大量生産され、価格も安くなりました。

しかしこれらは、そもそもの微生物が出す抗生物質とは異質なもので、区別するため「抗菌剤」と言う名称も使用されるようにもなりました。

その結果、化学合成された抗生物質の種類も増え、さまざまな違いの滅菌、静菌の作用機序をもったいくつもの種類の抗生物質、抗菌剤が生まれ、細菌だけでなく、ウイルス、PPLO菌、真菌類(カビ属)にまで効能を持つものまで開発されました。

そもそも細菌といっても一つの種類ではなく、大雑把に分けると球のような円い球菌、棒のような桿菌、菌が連なっている連鎖球菌、ブドウの房のような形の葡萄状球菌、螺旋形のラセン菌、その他いくつもあり、それぞれが性質が異なり、またグラム染色といって染めて紫色になる陽性ものと、染まらない陰性もの、さらに酸素がなくては生きられないもの、酸素には弱い菌、どちらの環境でも生きられるものなど、その組み合わせは万別です。

これらに全ての菌に効く抗生物質はなく、比較的多くの菌に広範囲に効くものと、一種類の菌の特徴的に効く狭域的ものに分けられます。

抗生物質の病原菌に対する効果は、菌そのものを殺す殺菌剤と、菌の繁殖を抑える静菌剤に大別され、効果作用の方法もいくつかの違いがあります。

菌の細胞壁合成を阻害するもの、細胞壁機能の働きを抑制するもの、菌の核酸(DNA)合成を阻害するもの、菌のタンパク質を合成阻害、葉酸合成阻害など、いろいろの作用で菌の繁殖を妨ぎ、やがて死滅させる機能があり、製造の素材、化学合成組織の違いにより分類されています。

少し専門的になりますが、これらも違った作用を持つ抗生剤の系統に、大別してペニシリン系、セフェム系、マクロライド系、アミノ配糖体系、テトラサイクリン系、その他、などに分類されます。

これらの抗生物質にはいろいろ名前がついていて、皆さんが医者や薬局で貰った薬の名前の最後がシリンで終わればペニシリン系、マイシンで終われば、マクロライド系かアミノ配糖体系、頭にセフがつけばセフェム系などおおよそその系統が分かる名前がついているのも面白いです。

いずれにしろ1960年代、1970年代と抗生物質の全盛時代で、全世界での使用量と売上高は毎年右肩上がりでした。

それが1980年代後半から少し陰りが出始め、1990年に入ると急激に売上高が落ち込み始めたのです。

その理由は、抗生物質の効果が細菌によっては効かなくなった耐性菌問題と、大量生産体制ができて生産原価が下がり、ひとつひとつの単価が安くなったことが上げられます。

ことに日本では、それに加え薬価基準が見直され、それまで高止まりであった抗生物質の価格が、医療現場で大幅に下げられたことも上げられます。

そうなると万能薬の抗生物質の神話も通用しなくなり、使用現場も患者も抗生物質に対して不信感まで持ち始めました。

さらに問題なのは効果がなかった耐性菌だけでなく、抗生物質服用による副作用もあります。

「ペ二シリンショック」こんな言葉を覚えていますか、治療薬として注射した患者が、一種のアレルギー反応のアナフラシーショックを起こし死亡した事件が起りました。

その他、飲用で起きた下痢、湿疹、筋肉の痛み、耳鳴り、眠気、のどの痛み、さてはアレルギーショックの痙攣(けいれん)も出ますと、人によっては使用できない抗生物質はクスリでなくリスクとなる毒物です。

それだけに抗生物質の使用には、医者も薬剤師も患者も充分注意し神経質になります。

効果があればあるだけに、その反作用、副作用が当然考えられ、腸内の悪玉菌を殺菌する作用は、善玉菌には作用しないはずはなく、腸内の常在菌叢に変化を起こし下痢や便秘の副作用となるでしょうし、また抗生物質の連続投与で、口の周りや体のあちこちの皮膚に湿疹が出たり、抗生剤が効かないカビ性の病気が再発生することもあります。

これらの副作用は、服用する病人、医者と薬剤師が注意し、また他の食品飲料との併用を気をつければよいでしょうが、万能薬抗生物質が効かない多剤耐性菌にはまったくお手上げです。

病原菌も生き物で、自分の生命を守り、仲間を増やし生存を続けるために、あらゆる手段を持って外敵と戦う力を身に付けるこことを考えます。

まして同じ抗生物質を使い続けますと、その作用機序に抵抗し死滅しない菌が若干でも出ますと、死滅しない遺伝子を持った菌が繁殖することになります。

ことに抗生物質は薬剤により使用基準が明確に指示され、その基準を守ることにより菌が完全に撲滅するよう処方します。

ところが症状が少し改善したからといって、薬投与を止めてしまったり、投与回数、投与量を減少しますと、菌は完全に死滅せず、弱ってはいますが生き残り、自然に薬に抵抗することを覚え、やがてその薬に対する抵抗力をつけるようになります。

私たちが畜産動物への抗生剤投与を止める運動を起こし、絶対耐性菌ができない生菌剤(プロバイオティック)開発したた一因に、肉、卵に残留した薬品を知らずに食べ、抵抗力を持った菌を人間の体が知らないうちに、作ることを恐れたからです。食用肉や卵を長期間食べ、抗生物質に抵抗する菌群を作っていたら、一旦大病を患い治療用の抗生物質を使っても効果が出ないことになります。

ところが、畜産動物にも病気が沢山出て、治療薬と予防薬でこれらの疾病に対します。

さらに抗生物質によっては発育促進になるものもあり、1970年代から2000年初頭まで大量の抗生物質が畜産に使用されていました。

ちなみに2000年はじめの厚生労働省の統計数字をみますと、日本全体で生産される抗生物質は約2200トン、そのうち人間の医療用は500トン、農業用の果樹野菜に400トン、養魚用に230トン、後の1060トンが畜産用で、病気治療予防に730トン発育促進に330トンとなっています。

この数字を見ましても、人間に使われる抗生物質より、食品として生産される農産物、畜産物に大量に使用され、間接的にわれわれ人間が抗生剤を食べていると疑われる数字が、如何に大きいかお分かりになるでしょう。

この傾向は日本だけではなく世界の畜産国、農業国ではもっと大量の薬品使用の実態があります。

薬品とは必ずしも抗生物質だけではなく、使用を制限されている治療薬、生産性増強の薬剤、または強烈な農薬、抗菌剤などなど含まれます。

それゆえ何が使われているか分からない輸入食品に頼る日本の食卓は非常に危険ですし、そのチェックもなかなか難しいですが、私は少なくとも東南アジアの畜産指導で薬剤使用の実態を知っていました。

しかし最近、この薬漬けの畜産に大警鐘を鳴らし全面禁止した国が出始めました、まずヨーロッパEU諸国が2006年から全面禁止、今年2011年7月からはお隣の韓国でも飼料に添加する抗生物質を全面的に禁止しました。

確かに生産性に少し問題が起きますが、畜産生産物は人間の食料としての生産が目的で、畜産農家の利益向上のために、人間がダメージを受けては主客転倒です。

その原理原則を生産者にも理解してもらう行政区の努力も必要です。

ところがアメリカに見られるように、薬品メーカー、畜産農家、畑作農家などの政治ロビーストたちの運動で、抗生物質投与禁止の政治的論議が何回も挫折しております。

さすが野放しの薬品使用は問題で、アメリカ農商務省(FDA)も最近使用禁止の方向に舵を切ったようです。

同じことが農産物にも言えます、農薬は抗生物質以上に直接的に人体に影響をもたらす劇薬が多いので、規制はもっと厳しくしなければいけないでしょう。

私たちが農薬に代わる機能を期待できる「天然のフミン酸物質」の普及を、日本だけでなく、東南アジア諸国、インド、韓国などに薦めているのも、それらの国々の農産物が健全になるためです。

幸いなことに、これらの国々での評価は好評で生産性か拡大の効果もあり、日本での使用比率を凌駕するのではないかとの勢いです。

さて抗生物質使用に対して、規制しようと言う背景が、世界的に広まりつつあることは確かです。

それはむやみやたらに使用した反省から来ていますし、食の安全と言う観点からも、消費者は利巧になり情報通にもなっていますので、生産者もでたらめに抗生物質を使用する傾向は少なくなり、それに代わる代替有機剤を選択することを考えています。

しかしながら細菌性疾病を防ぐ手段として抗生物質の存在は貴重です。

また効果の検証もはっきりしていますし、価格的にも妥当です。

こんな便利な薬品を適性に使用し、いかにして耐性菌を作らせないかのマニュアルを、医学だけでなく製薬、食品生産、農業、畜産業、消費者、政府行政が一体になって作って欲しいです。

その期待も、近いうちに実現することが可能でしょう。

最後に付け加えます、畜産動物に抗生物質を禁止したヨーロッパは、8%あった耐性菌が5%に減少したとの報告があることをお知らせします。