脳梗塞(2)

〜人間の尊厳を喪失する、重度の後遺症〜
(脳梗塞の発生と種類、意外と多い隠れ脳梗塞)

私が子供の頃、母の姉で私の伯母(おば)に当たる人は、まだ60歳前後
でしたが、一日中布団に横たわるか、縁側にあった籐椅子に座ってすごして
いました。

絶えず手と足が小刻みに震え、言葉もアワアワと聞き取れない状態で、
私はその伯母の症状が不気味で「伯母さんはどうして、あんなになったの」
母に尋ねると「中気に罹ったんだ」との答えでした。

中気(ちゅうき)とか中風(ちゅうふう)とか呼ばれる病気が、脳血管障害
から来る後遺症だと知ったのは、大人になってからでした。

卒中(そちゅう)は脳障害が発生し、卒倒する事を指し、中は中毒の中で
何かに当たったので卒倒し、その後遺症で気が中毒しているので中気、
中毒の風にさらされているので中風と呼ばれたらしいです。

これらは全て、古典的な漢方の解釈で、ヨイヨイ病、フイフイ病などと、
不治の病として気の毒がられたものです。

この脳血管障害の病気は、脳内に出血するか、血管が詰まるか細くなるかで、
どちらかで脳細胞に血液が届かず、細胞が壊死する病気全体を指しますが、
その中で血管が詰まる脳梗塞が70%の比率で、脳溢血やくも膜下出血より
多く見られます。

その脳梗塞も、細かくは脳血栓症、脳塞栓症、一過性脳虚血症などに分けられ、
さらに血管内の脂質で血流がとまる「アテローム」型、細かな血管に多発する
「ラクナ」型、不整脈や心房細動などにより心臓から流れてきた血栓で詰まる
「心原性」とに大別されます。

最も多いのはラクナ型の血栓で、中には無症状な「無症候性梗塞」などもあり、
一名「隠れ脳梗塞」と呼ばれる多発性脳梗塞もいれますと全体の40%を
占めているようです。

脳ドック診断などでMRI検査の結果、あちこちに細かい梗塞が発見された、
など指摘された経験をお持ちの方がいると思いますが、ある程度年齢が進み
ますと、多かれ少なかれの細かい血管に脳梗塞が発生した形跡が認められる
らしいです。

隠れ脳梗塞は、自覚症状としてはほとんど病状もなく、記憶もありませんが、
なにかのとき名前が思い出せなかったり、物覚えが悪くなったり、言葉が
瞬間詰まったり、めまいがしたり、手足に痺れが来たりしたなかに、ラクナ
脳梗塞があったかもしれません。

ただしこれらは重症な脳梗塞の予兆であって、その原因は血液がどろどろに
なり固まる粥腫(じゃくしゅ)や、小さな血栓ができ、抹消血管を詰まらせて
いるので、立派な脳梗塞の一種です。

さらに言い換えれば、本格脳梗塞発症の予備軍です。

予備軍どころか、ラクナ脳梗塞は細小の血管の脳梗塞ですから、多発する
ケースが多く、歩行困難、言語障害、痺れ、感覚麻痺、など各種の障害が
現れてる人もいますし、それが高じて認知症、パーキンソン症候群などに
進む人もいるので、結果怖い病気ですから、医者の診断のもと適切な
治療を望みます。

次に多いのはアテローム型の脳梗塞です。

頚動脈や椎骨脳底動脈にできた、どろどろした粥状の脂質がアテローム
ですが、それが原因で出来た塊が脳血管に飛んで梗塞を起こす、あるいは
アテロームが増えて血管が細くなり、血流に支障をきたす梗塞など含め、
約35%ぐらいになります。

これは脳細胞に近い頚動脈などの血管に出来る血栓だけに、重症疾患になる
ケースが多く、血管の中の脂質を除去し、中性脂肪や悪玉コレステロール
(LDL)の数値を改善しなければなりません。

私も不定期ですが、折に触れ頚動脈の検査を行い、不正な血流や脈動の音、
血管内のプラーク(血栓)の有無を調査してもらってます。

数年前右側の頚動脈に2ミリほどの塊が見つかりましたが、その後の検査で
それが消えている報告を受け安心しましたが、今年チャンスがあれば再度
検査をする予定です。

前回のメルマガに登場した、私の友人Iさんの一過性脳虚血症の原因が、
心房細動による心臓からの血栓との医者の所見は、典型的な心原性の
脳梗塞で脳塞栓症といいます。

不整脈や心不全などで、心房が細かく震える病気ですが、血液が心房内に
滞り血栓が出来やすくなり、その塊が血液の流れに従い、脳血管に梗塞を
起こす疾患で、全体の25%ぐらが心臓と関係する脳梗塞です。

心臓から出る血栓は困り者で、心臓の動脈が詰まれば心筋梗塞となって、
脳梗塞同様早期手当てを必要としますし、手足の動脈を詰まらせれば、
痺れや壊疽、歩行困難や運動障害となります。

それだから、この心原性の脳梗塞予防は、心臓の不全治療を同時に行う
必要があります。

記憶が新しいところでは、野球の巨人長島元監督の脳梗塞が、この心房細動
による心原性脳梗塞と発表されていました。

ところで一過性脳虚血症の場合、血管全てが塞がらないで、一部がつまり
脳細胞に充分血液が届かない程度では、卒中を起こして倒れたり、手足が
動かないなど、顕著な症状が出ません、また発症してから早いもので数分
から、長くても24時間ぐらいで、詰まっている血栓がなくなり、血流が
再開し体調の異常が正常に戻るので、そのままでは脳梗塞の発症を意識
しない人もかなりいます。

しかしこれは非常に危険で、一過性は次の重症脳梗塞の前触れと思い、
絶対予後の手当てと再発予防を実行しなければなりません。

友人のIさんが、奥さんの判断と指示で、設備の整った病院に入院し、
発症後の手当てを迅速に行い、正常に戻ったのは非常に幸運で、彼が
少しの体調不良だと高をくくっていたら、現在どうなっていたか分かり
ません。

学校の友人A君の場合はもっと顕著で、医者一家の中で生活していたので、
その処置はもっと迅速だったと思われます。

このように、脳梗塞発症後の3時間以内に、血栓を溶かす薬剤を投与し、
詰まっていた血栓などが溶解すれば、脳細胞の壊死は免れることが多く、
脳梗塞特有な身体的後遺症の危険率も少なくなります。

脳梗塞の恐ろしいところは、一命を取り留めても重度な後遺症が残る
ことです。

よく右脳が侵されると、左半身に麻痺が、左脳に血栓ができたら右側
半身に後遺症が残ると言われます。

左足と左手がよく動かない、または右顔面麻痺と右の手足の不自由な、
気の毒な患者さんを見かけることがありますが、手足を動かす脳神経が
壊死したために、命令を正しく伝えられないので、あとはリハビリ
などで、その神経の活動を再稼動させる、努力を必要とします。

言語中枢を侵されますと、失語症をはじめ発音ができません。

雄弁な人が言葉を失うことは、非常につらいことです。

このように、脳梗塞の後遺症は「人間の尊厳の喪失」を伴います。

それまで築いた社会、生活、経済活動がたたれ、自分の意思と意識が
通じないもどかしさに、人格まで変わることもありえます。

やはり高校時代の友人のO君は、3年前軽い脳梗塞の発生で倒れ、幸い
運動神経には支障がなかったが、言語が上手に発音ができず、その
もどかしさからうつ病になり、人との面会はもとより、自殺願望に
性格が変わったようです。

彼の奥さんからは、気の置けない昔の友人には、心を開くので積極的に
誘ってくださいと頼まれ、折に触れ誘い出して、居酒屋で一杯やるように
なり、最近はかなりしゃべれるように改善し、そうなると心なしか元気に
なったように見えます。

「こんな状態では生きていても仕方ないと、首をつろうと何回も思った」
そのときの気持ちを、真情こめて話す中身は迫真があり、脳梗塞の
恐ろしさを垣間見た気がします。

深刻なのは、鎌倉にいるこれも古い友人ですが、70歳前夫婦で熟年
世界旅行に出かけ、ヨーロッパで発病、手当てもままならないまま帰国、
そのまま重度の後遺症で寝たきり、言葉も発することができず、ご夫人の
懸命な看護があってようやく生きながられている状態のようです。

先日も他の友人が見舞ったとき、「がんばれよ」との励ましに、ただ目に
いっぱい涙をためて、見返すだけで言葉は勿論、頷くこともできない
状態を見て、見舞った友人も、それ以上の言葉が出なかった、との報告を
受けました。

この例は、典型的な重度の後遺症で、昏睡している植物状態ではなく、
介護を受けながらの食事もし、意識もしっかり、生きている感情もある
だけに、かえって可愛そうな状態です。

このように、脳梗塞だけでなく、脳血管障害の、脳溢血、くも膜下出血
などは、一命を取り留めてもその後遺症の中気、中風状態で、生活条件を
狭められ、思うように生きられないもどかしさの中で、一生呻吟するように
なります。

よく友人たちとの会話で「もし血管障害が発生するとしたら脳の出血は
御免だ、心臓がいい。

心臓は瞬間的に死ぬし、手当てがよく直れば普通人として過ごせる。

脳障害は治っても、後遺症で何年も苦しむ」

この会話は、多くの高齢者が持っている気持ちを代弁しているのでしょう。

さてさて、脳の血管を大事にする日々の生活を心がけるのには、どうしたら
いいか、まず血管を脆くする動脈硬化にならないこと、それには高血圧、
高脂血症、糖尿病、肥満にどう対処するか、次回はそんなこと考えましょう。