〜安全性を疑う畜肉の筋肉増強発色剤〜
(輸入アメリカ牛肉の政治的犠牲になる養豚業者の怒り)
いささか旧聞になりますが、2012年3月10日の日本の新聞に、台湾台北市で養豚業者を中心とした、「アメリカからの輸入牛肉」に反対する、畜産生産者1万人デモストレーションが行われた報道がありました。
1万人といいますと、台湾養豚業者6000軒より多い数になりますから、全国の畜産業者がほとんど参加した、業界にとってはそれほど大きな、抗議行動だったことになります。
その抗議の内容は、アメリカ牛肉に使用されている飼料添加剤「ラクトパミン(Ractopamine)」による、筋肉増強赤肉発色剤の人体への影響と、それを使用しているアメリカ牛肉の輸入が許可されれば、同じ添加剤「ラクトパミン」が使われた豚肉も許可になろうとする、危機意識から大掛かりなデモとなったのです。
「ラクトパミン」と言う名前を初めて聞く方も多いと思いますが、塩酸ラクトパミンと言う、ベーター作動物質の興奮剤、筋肉増強剤で、アメリカでは牛肉、豚肉の筋肉を増強し、飼料タンパク質の有効利用を図り、畜肉の赤身部分が増産されれば、商品価値も上がり、なおかつ飼料の要求率も上がり経済的優位性も出るということで、1999年からアメリカで許可になり、メキシコ、オーストラリア、カナダなどではすでに使用されている飼料添加物です。
しかしこのベーター作動物質の仲間はほとんど医薬品が多く、大量に摂取すればその毒性は吐き気やめまい、または動悸など中毒症状を起こす物質で、完全に安全か否かの判定に疑問が残ることも確かです。
またこの物質と同じ機序をもつ「塩酸クレンブテロール」という喘息薬を使った中国の豚肉を食べた人が、300人も中毒症状で倒れた事件が1990年はじめ上海で起り、中国はこれと同じ部類の「塩酸ラクトパミン」は禁止添加剤となっています。
同じような理由でEU諸国、そして台湾も禁止飼料添加物として、今日まで規制されていました。
それだけに、アメリカ牛肉の輸入承認は、台湾畜産業者にとっては腹に据えかねる問題ですが、その背景には政治的な駆け引きが、見え隠れするところに、複雑な台湾の国際的事情も伺えられます。
今年初頭に行われた、大統領選挙がこの背景にあり、当選した国民党の馬英九新大統領との間で、選挙前に陰で国民党を支持したアメリカとの間で、秘密裏に牛肉の自由化の約束を取り交わしていた結果、当選後牛肉が輸入されることになったと噂されています。
事実はともかく、政治的に対立する野党民進党と、畜産業者の強烈な反対運動の理由の一つになっていることだけは確かです。
今年2月初旬、台湾を訪問した時、養豚業者、畜産関係者と面談し、ラクトパミン使用牛肉問題に対する、台湾の現情を切々と訴えられ、複雑な台湾の事情を知りました。
さらに私たちに鋭く質問してきたことは、日本のアメリカ産牛肉、豚肉の輸入問題でした。
ご存知のよう、すでに牛肉から豚肉まで自由化されている日本、その影響下に置かれた畜産生産者の立場と考え方、また化学薬品のラクトパミンの可否の論議なしに大量輸入されている肉類に対する日本人の危険意識について問いただされました。
そう聞かれますと、確かに日本の養豚業者も肉牛生産者も、まして消費者もこんな薬の使用に無関心で、まして食品安全を絶えず問題化している新聞はじめ報道機関まで、知ってか知らないか息を殺しています。
BSE(狂牛病)発生時にはアメリカ牛肉の輸入について、かなり神経質になり輸入を差し止めた日本ですが、アメリカで使用しているラクトパミンはじめ、数多くのホルモン剤の使用事実はあまり問題化していないのも事実です。
これらの成長促進剤が牛肉だけでなく豚肉にも使用している現実は、当然ジャーナルリズムの格好な食品安全テーマと思いますが、どの新聞も問題にしません。
問題にならない理由は、アメリカとの間で政治的摩擦が起きないことを配慮する心が、そこに働いているとしたら、台湾と同じ政治的な結論が先にありきとなります。
先週、4月18日から訪問した韓国で、或る畜産業者と面会の時、アメリカとのFTA(自由貿易協定)開始が話題になりましたが、韓国はアメリカ畜産物を輸入する政治的取引に、工業、製造業、ハイテクなど近代産業を優先する、韓国政府の貿易立国志向が、一致したので畜産業者は犠牲になってしまう、とアメリカのパワーへの無抵抗を残念がっていました。
アメリカは農業国で、遺伝子改良も含め近代の先端農業の、生産のパイオニアです。
また農芸化学の発達もすばらしく、農産物の効率的な増産を目的としたならば、新しい化学薬品の使用、遺伝子組み換え手段、耕作機能の機械化と省力化など、すばらしい技術革新を行います。
その発想と発達には敬意を払いますが、効率化の名の下に自然破壊と自然汚染、さらに人間の健康被害にまで、及んでいると思われることもあります。
牛肉、乳牛へのホルモン剤の多給が、女性の初潮を早くし、異常バストを生み、肥満体を多く作り、乳がん、子宮ガンの発生を増やし、不健康な体質を生んでるのもアメリカの深刻な問題です。
畜産動物への薬品使用の多さも群を抜いていて、アメリカ政府も心配の種で、規制を強化したいのですが、畜産業者と製薬業など政治ロビーの強さがあって、使用規制に踏み切れない事実があるようです。
そんな業界の力の現れの一つがラクトパミンかもしれません。
アメリカの農商務省の食品医薬品局(FDA)の見解では、規定量を守って使用する場合は、人体に影響ないとしていますが、規定量を指示している事は、規定量をはるかに超えた場合どうなるのか?、この薬剤が大量に残留した肉を食べた人体への危険へは、言及していません。
興奮剤、筋肉増強剤となれば、スポーツ競技で問題になる、ドーパミンとの関係はとなります。
さて、日本の畜産生産現場では、ラクトパミンの使用はどうなっているのでしょうか。
厚生省は現在輸入されているアメリカの肉類は、規定量以内なので認可し、農水省も禁止にはしていませんが、実際畜産業者の間では使っていません。
その要因は日本の生産者の意識によるものです。
日本産の牛肉、豚肉は安全と安心を第一に考え、意識的に薬品で肉を多くしたり発色したりすることは、矜持として心が許さない。
こんな立派な日本の生産者の心情です。
さて、台湾に限らず韓国も、いままで国策として守られてきた畜産業が、遅まきながら国際競争の大きな波の渦に巻き込まれつつあります。
ことにアメリカ、オーストラリア、ニュージランド、カナダなど畜産物が輸出産業として成り立っている国からの圧力は強いです。
その自由化の波に、懸命に戦っているのが両国の畜産業者ですが、その波は防ぎきれるものではありません。
しかしもしラクトパミンに代表される、訳のわからない化学物質や薬品を使うことで、価格的に国際競争力が強くなっている生産物を、無条件で受け入れ、消費者にその事実を隠して輸入に踏み切る政策に、強く反対する気持ちは理解できます。
日本もTPP問題があります。
無条件で農産物を輸入する前に、使用している化学物質の人間への影響を慎重に検討して欲しいものです。
この稿を発表する4月26日、新聞各誌はアメリカで新しく発症した狂牛病(BSE)の記事を大きく取り上げていました。
アメリカは狂牛病感染の過去があり、食肉検査のシステムも、日本ほど綿密ではなく、生産現場も大型で肉牛の固体管理とトレサビリティー(生産履歴)が判然としない面があり、疑えば隠れ狂牛病がないとは言い切れません。
ラクトパミンやホルモン剤、抗生物質の残留心配だけでなく、新たな心配の種が一つ増えたようです。
さてさて考えましょう。
日本の消費者の皆さん、放射能汚染が心配な日本産より、アメリカ産や外国産が安心だと短絡的に決めるのは、ちょっと待ってください。