入浴だいすき、お風呂にまつわる逸話

~もっとも簡単で安直な心と身体の健康効果~
  (日本人の風呂好きはれ遺伝子だろうか)

私はお風呂が大好きです。

まして晩秋を過ぎたこの季節から寒い冬は、入浴により体が温まり
血液の循環がよくなるので一層好きです。

私だけでなく多くの日本人は多分、季節にとらわれず入浴が好きなはずです。

さらに入浴によってもたらされる、精神と肉体への良い影響をほとんどの
人が感じ、また期待もします。

おそらく縄文の昔から日本人の祖先は、入浴を楽しんだと思います。

それが可能だったのは、火山国特有の温泉が各地に存在したから、
必然的にその温泉に浸かり、身体への良い効果を知ったと想像するからです。

また以前何かの本で読んだ記憶の中で、仏教の伝来により入浴の価値観が
定着したように書いてあったことを思い出しました。

仏を崇拝するのに体を清め世俗の垢を洗い落とすことが、信仰心の陶冶と
なり利益につながる思想です。

神仏などに対する敬虔な祈りの中で、自然と生ずる斎戒沐浴する
禊の実行です。

入浴により体を清め清潔にして神仏を礼拝する思想が、やがて一般に普及し、
汚れた体を洗う習慣が定着した原点かもしれません。

その後、平安から室町時代まで、現在で言うサウナのような蒸し風呂が
一般的だったと歴史書などに記述があります。

さらに下って江戸時代は風呂桶のある銭湯や浮世風呂が流行り、それを
題材にした滑稽本やスケッチ漫画本などで、江戸人の入浴好きが語られ、
新しい入浴文化が生まれたと考えられます。

夏は蒸し暑く体がべたつき、冬は空っ風で埃っぽい江戸の町に住む
江戸っ子には、風呂に入ることにより生活のけじめがついたのでしょう。

「いい湯だな、いい湯だな、日本人なら~」心がリラックスし、
清潔だけでない入浴の楽しさを分かりやすくした唄の一節ですが、
今も昔も変わらない入浴は、心と身体の疲れをいやし身体を綺麗にする
目的は変わらない様です。

このように日本人の遺伝的な入浴好きは、生きている存在感と生活欲求の
最高なものなのです。

その証拠に現在の日本の住居は、ほとんど風呂場が完備され、
各々が家庭で入浴を楽しんでいると思います。

そうです、その入浴好きな遺伝子が私のDNAにも刻み込まれているのです。

ですから子供のころからお風呂が好きでした。風呂に入り私なりに楽しんでいました。

そのせいで小学校4年生ごろから、お風呂の湯を沸かす役目を母親から
命じられ、風呂釜の前に座り、薪をかまどに入れ、竹製の火吹き筒で
空気を送り、煙にむせた記憶がよみがえります。

その頃、私の家の風呂は「据え風呂」と呼ばれた、楕円形の高さ
1メートル20センチ、直径1メートより少し大きい杉板の桶で、
30センチぐらいの鉄製の丸型のかまどがむき出しで、桶の中に
突き出したものでした。

入浴するときは熱いその鉄の球に触れないように注意しながら体を
浸します。

小学6年生になる頃から、風呂桶に水を入れるのも私の役目となり、
水道がなかった時代、家の裏にあった釣瓶井戸からくみ上げた水を
バケツで何杯も運んだことも記憶にあります。

そんな風呂係は小学生から始まり、母親が亡くなったあと高校卒業の頃
まで続きました。

終戦まじかの昭和20年7月の初め、近所の松林の中にカマボコ型の兵舎が
建てられ、アメリカ軍の本土侵攻に備えそれを迎え撃つ部隊が駐屯
するようになり、近在の農家はその兵隊のため入浴をたのまれました。

お国のため日本を守るため努力する兵隊の来訪を、断るわけにはいかず、
私の家も承諾しました。

当初、2名か3名の兵隊でしたが、私に19歳の美人の姉がおり、それが
兵隊仲間に伝えられ、やがて10人、20人と増え、私たち家族の入浴の
楽しみが奪われました。

その兵達たちも敗戦と同時にいなくなり、ようやく家族がのんびり風呂を
楽しむ時間が終戦後戻りました。

昭和の30年代、養鶏場をはじめ、卵生産には水が大切なので、井戸から
モータで水をポンプアップした簡易水道を設置し、ビニール管で各鶏舎に
配管しました。

ところが真冬の寒さは配水管の水を氷結させ、鳥は水が飲めません。

その時助かったのは風呂の残り湯でした。

昨夜遅く入った残り湯はまだ20℃ぐらいの温度があり、それを凍った
飲水器に入れ鶏たちのノドを潤させたり、凍ったビニールの水道管に
かけて溶かしました。

それが何日間も凍るほど、その頃65年前の日本の冬は寒かったことを
思い出します。

いずれにしろ据え風呂の残り湯が、こんなことで役立った話、これも
私と鶏たちにとってのお風呂があっての効果でした。

そんな風呂効果は別物として、入浴好き遺伝子を持つ私ですが、
社会人となり仕事で諸外国を旅行するようになり、各国の入浴習慣と
お風呂事情にどうしても関心を持つようになりました。

たとえば韓国や中国にも技術指導で数多く訪問しています。

その時気付いたことは、韓国や中国の人は毎日風呂に入らず、
またシャワーも毎日浴びないことでした。

そのわけは湿度の多い日本の夏と違い、乾燥した空気で発汗作用の
違いもあり、肌の不快感が少ないこと、冬はそれ以上乾燥し歴史的に
入浴の必要性を感じなかっとことも現在までの生活習慣となったとも
言えます。

また別の見方をすれば天然に湧出する温泉が少なかったことも
要因かもしれません。

また東南アジア諸国にも仕事で多く訪問しています。

殊にタイは仕事で3年間毎月出張訪問し、ホテル住まいで少なくとも
1週間は滞在をしていました。

一流ホテルは別として、二流三流ホテルの部屋にはバスタブがなく、
シャワー設備しかなく最悪は共同シャワー室となります。

私は必ず予約時やチェックイン時にバスタブの有無を確かめ、少し高くても
バスタブのあるホテルで入浴ができる部屋を予約しました。

1日の疲れを癒すのにシャワーでは無理で、適宜な温度の湯にゆっくり
漬かることでリフレッシュが達成出来ました。

ご存知の様、熱帯地の東南アジアでは熱い湯浴みより冷たいシャワーの方が
快適かもしれませんが、実際はシャワーは温水です。

さらに東南アジアのゴルフ場は入浴施設はなく、ほとんどが個別の
シャワールームだけです。

その中で日本資本で開発したゴルフ場や、日本と関係が深く日本人の
ゴルファーの多いゴルフ場にだけ、大衆浴槽が用意されていたことも
経験しています。

これを見ると日本人ゴルファーは浴場がある施設を選んでプレーする
傾向が強く、ホールアウト後やはり肩まで浸かる風呂で、ゴルフでの
心身の疲れをとる遺伝子が日本人にあることを知ります。

それだけ日常生活の中で入浴の持つ意味合いは、日本人にとって大きい
でしょう。

ご存知の様、数多く訪問した西欧諸国のバスタブは、給湯式で、
1回入浴ごとにお湯を変えます。

また体を洗う場所はなく、石鹸や泡立ち洗剤を使い湯船の中で行います、
この泡立ちを楽しみながら入るのもまた一興でした。

さて私は最近では毎日入浴ができます。

少し体調が悪かったり、少しの発熱ぐらいでも入ります。

その時間も特別な用事がない限りだいたい同じで夕刻の18時前後です。

同じ時間を守れるということは、いつもその時間に家にいて入浴可能な
状態であることです。

92歳と10か月の年齢になり、多くの社会活動から身を引いた気楽な
自由人になり、拘束時間が無くなったから出来ます。

また持病の腰痛が進行し91歳過ぎから歩行が困難となり、誰かの車で送迎
されない限り、外出が少なくなったことも大きな要因です。

この腰痛に対し血行を良くする入浴は、筋肉の硬直を癒すし痛みを和らげる
効果があるのではないかと、ささやかな期待も持っています。

しかしながら腰痛の発症はすでに20年前、脊椎に神経が当たる脊椎管狭窄症
との診断もあり、時間経過とともに悪化したもので、医者の治療は加齢も
あって的確な方策が示されず、私なりに入浴で温めて良くしようとの
期待がありますが、気持ちの中で効果があったとの思い込みだけで、
残念ながら確かなものではありません。

腰痛は別として、無理して歩行するための足腰のコリに入浴は良いようです。

湯船につかりながらふくらはぎから脛までマッサージしています。

その効果のほどは定かではありませんが、マッサージをしていることが
気持ちを前向きにさせます。

筋肉痛だけでなく湯船の中に身を置く体のゆとりが、開放的な気分となり
神経的に痛さを忘れさせ、嫌なことを忘れさせるゆとりとなります。

そんな気分か時として鼻歌となり発声の訓練ともなり、風呂場の外に
聞こえない音程で好きな歌を口ずさみます。

密室の風呂場は声が反響し、湯気で柔らかく聞こえ、いつもより上手に
なったような気分も楽しいものです。

カラオケ教室ならずフロオケ歌謡練習の秘密部屋です。

さて私一人の下世話な話はやめて、入浴の実質的な効果を考えてみましょう。

一般的に知られている効果の中で、汚れを落とし肌の清潔などを別にすると、
入浴は緊張を呼ぶ交感神経がリラックスの副交感神経に変わることで、
目に見えない健康改善の最大効果と言われます。

ご存知の様、現代社会で生きていくのは緊張の連続で、嫌なことも多く
あります。

生きていく事態が苦しみだと言った釈迦の言葉ではないが、精神的に
気が張り詰め交感神経が刺激を受け、さらに自律神経までも変調をきたす
結果となります。

それが肉体的にも精神的にも疲れとなり、現象として気持ちがイライラ
したり肩が凝り血圧が高くなり、動悸がしたり胃腸の働きが鈍く腸活動の
異常となり、ストレスにより下痢便秘の遠因にも、さらに不眠にもなります。

こんな日常の緊張を改善するには入浴が一番です。

薬やマッサージより最も簡単に誰でもが求められ、また即効性があると
私は思います。

理由は適当な温度の温水に浸ることで、皮膚の近くの血管が弛緩し、
血液循環がスムースになることです。

体の隅々まで血液の循環が進めば、自然と緊張した筋肉はほぐれ疲れた
細胞は新陳代謝を促進し、疲労物質や老廃物の排除を勧めます。

その反応が心の落ち着きとなり、いつの間にか副交感神経優位の状態と
なるのです。

さらに肌の暖かさは精神の暖かさとなり、いつのまにか幸せ気分の
オキシトシンホルモンが出て、幸せ気分となり心身の緊張が解けていきます。

それにより一日の疲れが癒され、明日への活力が生まれます。

科学的に言われる入浴効果は、上記に述べた以外に免疫力を高め、
血流改善で糖尿病、心疾患、脳疾患の予防、睡眠の質を良くし、
肌の若さを保ち顔の艶をよくしてシミ、しわの発症を防ぐと言われています。

さて30数年前私の父親は享年98歳で永眠しました。

病院に入院前の96歳ころ、足腰が弱く寝たきりが多くなった父親を
介助しながら入浴させました。

「あー気分がいいよ、こんな気分では長生きするよあと5年ぐらいは」

「5年たったら百歳超えだよ」

「うん、そんな長生きできる気分になるよ、お風呂に入ると、
ありがたいありがたい」

実際は百歳は夢になりましたが、そんな長生き気分にさせるのはお風呂での
幸せ効果でしょう。

さて私もお風呂に入った時だけでも、幸せ効果で百歳まで生きることを
考えましょうかな。

それは、あと何年なのかな? 可能でしょうかな?

2024年11月19日
おくむら よしみ