〜台湾で発生した違法添加物使用食品の波紋〜
(人工的添加物に慣らされてしまった私たちの食感)
「いま台湾は、違法添加物使用の食品と料理の話題で大変です」
5月の末、台北の松山飛行場に到着した私に、私どもの台湾子会社の総経理である黄重進さんが、真っ先に伝えたのは、台湾で発生した最近のトピックでした。
この黄さんは元来、食品添加物の販売を長く手がけたその道のベテランで、食品に使われるさまざまの添加物の種類から特性、また使用に際し充分注意をしなければいけない物質など、経験から来る知識が豊富です。
そんな彼が「この違法添加物を使用した食べ物を多く食べた人は、やがて腎臓機能に問題を起こし、腎臓透析患者が台湾で多くなる」
かなりはっきりとその毒性を看破しますので「そんな危険な添加物が台湾で使われているんですか?」当然そんな質問になります。
「そうです、でんぷんを使用した食品のモチモチ感を出したり、料理にかけるあんかけのトロミ感を出すため、使用が禁止されている「無水マレイン酸」が使われている、それも台湾中の餐庁(食堂)やスイーツのタピオカ製造やでんぷん菓子など、たくさんあるからあぶないですね」
無水マレイン酸(Maleic acid anhydride)とは私もはじめて聞く名前で、調べてみますと、勿論食品の添加物でも食品でもなく、塗料や合成樹脂、農薬製造などの合成原料となる有機化合物のひとつのようです。
ただこれをでんぷんに混ぜると、料理のトロッとした食感が増したり、タピオカの粒などがモチモチした感触がしたり、肉団子やでんぷん使用の練り物など歯ごたえが良くなるなど、舌に馴染みやすい効果があるようです。
ですから、でんぷんの製造者か、菓子メーカーか、あるいは食堂か、誰が混ぜたか分かりませんが、台湾中のでんぷん食品のなかに、かなり混ぜられていたのが現実のようです。
以前中国の乳児用の粉ミルクに、タンパク質の表示を安定させるために化学合成のメラミンを添加、多くの乳幼児に被害を及ぼした事件とよく似た面があります。
ただ台湾では、これまで無水マレイン酸による消費者被害の届けはないようですが、黄さんが心配したよう、長期間食べ続ければ、腎臓障害が懸念されることは確かなようです。
台湾ではこの無水マレイン酸事件をきっかけに、食品安全問題がクローズアップされ、政府が食品原料使用の実態調査を綿密に行った結果、賞味期間が過ぎた原料、品質変化の食品など、行政機関が指示した規則を無視して使用している現実が暴き出されて、食品業界に大きな波紋が起きているようです。
もちろんこれらは、食品取り扱い業者の食品に対する安全認識と品質管理、順法精神の欠如、消費者に対する責任とマナーの欠落です。
これは消費者を侮り、馬鹿にした行為で、食品業界全体の信頼の低下にもなります。
規則を守る精神の無頓着だけでなく、自分の心にも違反したことにもなります。
ただ問題を起こした業者がどれだけ反省しているのかどうかは分かりません。
さてこの違法商品は、台湾国内だけでなく輸出されているケースも考えられ、その処理と今後の対策に厳重な調査を行うことが決められたようで、政府としては国内だけの問題で収めたい意向です。
と言ってもいまは国際化の時代、台湾を訪問するビジネスや観光目的の外国人が食べる美味しい台湾料理とスイーツが、違法添加物で汚染されていたのでは、国家の面子にかかわりますし、国際的にも大きな汚点になります。
金儲けのためなら、誰にも分からないのなら、少しぐらい使用しても問題ないなら、構いません「メイクアンシ(没関係)」では困ります。
さて、そもそも食品の添加物とは何でしょう。
定義はよく分かりませんが、食品が本来持っている性質を人工的に、人間の五感の感触を一見欺いてしまう物質で、色彩、匂い、甘味、トロ味、旨み、酸味、歯ごたえ、光沢など、マジックのように向上させる食品のアクセサリーで、食卓の演出者ともいえます。
中には、食品の腐敗、酸化、カビ防止など、危害を未然に防ぐ目的の食品添加物もありますが、その目的のために使われる物質が、化学合成物である場合、その物質から危険が生ずるものもあるようです。
ただ人間の食生活の中で昔より使われていた天然調味料の、塩味、甘味、辛味、酸味、苦味などの五味と何処が違うかの論議もあります。
ただ昔から使用されたものには、長い歴史の中で自然と安全性が担保され、また化学合成や有機合成など人工的なものは少なく、天然、自然の動植物、鉱物を利用したものが多いです。
しかし目的としては、食品保存のための塩漬け、酢漬け、肉の臭みをなくしたり腐敗を防ぐ目的の香辛料、豆乳を固め豆腐にするニガリ、たくあん漬けで黄色を出すクチナシの実、梅干の紫色の赤シソの葉、などなど自然物を利用した、天然の添加物はかなりの歴史があります。
この同じ目的を達成するため、人間の英知で人工的に作り出したものが、食品の添加物なのでしょう。
人工的作業の中には、原料を天然のものから採取したものと、動植物、鉱物資源などを利用した合成物、化学合成した製剤などさまざまですが、すべて食品としての厳しい安全基準をクリアーしたもので、使用にいろいろ条件がつけられている物質です。
それでは実際どんなものか、また私たちの生活の中で日頃知らずの内に、摂取しているものがどんなものがあるか、皆さんはご存知ですか。
私はコンビニエンスストアーでおにぎりと、助六寿司を買って、添加物表示を調べてみますと、
【アミノ酸調味料、PH調整剤、乳化剤、増粘剤(加工デンプン)、グリシン、着色料(カラメル、カロチロイド)、ソルビット、リン酸塩、酒精、香料など】
たかが握り飯とお寿司なのに、原材料以外にこれだけさまざまな添加物が使われています。
それだけ私たちが日常食べている食品は、数々の食品添加物で脚色演出され化粧された、人工的な味と食感、匂いと外見のよさなどで、作られていることになります。
ただし、こんなたくさんのものが添加されていることを、意識している人は何人いるでしょうか?
なかには、これらの人工的添加物を嫌う人々もいますが、多くの人たちは抵抗なく知らない間に受け入れています。
さらに甘味、旨み、歯ごたえなど、長年のあいだ添加物に慣らされた舌は、それが使われないとき逆に抵抗感が出てしまいます。
食品添加物の旨味で作られた味が、旨さの基準になり、人工甘味料で作られた甘味が、甘さの基準となり、人工増粘剤で作られた食感が、舌触り、歯ごたえの実感になり、人工着色料で作られた色が、食品の色基準になってしまっているかもしれません。
それらの良し悪しはともかく、食品添加物にすっかり慣らされていると言っても過言ではありません。
そんな背景が、台湾での違法添加物を使っても、消費者に美味しい食感を与えることが、商品の価値と人気に繋がると確信した業者の、違法行為に繋がる原因だったのでしょう。
言い換えれば、本物の持っている本質を曲げてまで、本物以上にすることが消費者に受け入れられていたから出来たことだと思います。
食品添加物に慣らされた食感が、招いた不幸ともいえます。
幸いこの事件で生命にまで及んだ被害が出なかったことが幸いでしたが、人工的食味の中に思わぬ落とし穴があることをわれわれは注意しなければなりません。
このことは、消費者よりも食品添加物を生産する立場の人、それを使用して商品を作る人たちの感性とモラルに委ねるしかありません。
食の安全と添加物は、次回にも続けます。