耐性菌と畜産動物薬

〜畜産に使用する抗生物質は人間用より多い〜

(畜産は耐性菌を作らない安全なプロバイオチックの時代)
2016年5月26〜27日、伊勢志摩先進国首脳会議、先進7か国サミットが三重県で行われました。

報道機関が伝えたニュースは、将来的に不透明な世界経済の動きや、頻発するテロ対策などでが主なもので、国際保健枠組み強化で討論された、「薬剤耐性(AMR)」の話題は、あまり報道されませんでした。

薬剤耐性(AMR Antimicrobil Resistance)について、今さら説明の必要もないでしょうが、抗生物質、抗菌剤等の薬効に耐性を持った病原菌のことで、これ等の菌に感染した疾病は治療薬が全然効果がなく、それがため死亡に至るケースが世界的に増えていることが問題になりました。

なぜ薬の対する耐性を持った菌が出来たかの推測は幾つかあります。

安易、無秩序に使用した抗生物質の使いすぎが、病原菌が自衛のために薬で殺されない体質と機能を持ったことが、すなわて耐性を持ったわけです。

たしかに私の経験でも、風邪をひいたとき処方された薬の中に抗生物質がありました。

医師は簡単に「抗生物質をのんで肺炎などの病気併発を予防しましょう」と言います。

うがった見方をすれば、医者も風邪から肺炎などの感染症を併発することを心配したのかもしれませんし、あるいは製薬会社とのもたれ合いで処方したのかもしれません。

このようにすごく簡単に抗生物質を、多くの人たちが服用してきました。

その結果、昨日まで薬の効果のあったものが、今日は全然効かなくなった病原菌が出現し、その病原菌がやがては感染者の生命を奪っていく現象が、医学、薬学、微生物の研究者の間で大きな波紋を広げました。

それは人間に対して、不適切に薬品を使用した結果、薬に対する耐性を持った菌が生まれたと言うことです。

ところでもっと問題になっているのが、人間以外に使用された、農産物や畜産生産物の病気対策と、成長促進として乱用され抗生物質です。

さらに困ったことに、動物用に使われる抗菌剤と人間用とは、まるっきり同じ薬品であることです。

今回のサミットでもその点を重視し「畜産における抗菌剤の成長目的の使用を段階的に廃止し、抗菌剤は人および動物の治療目的のみに維持する」と合意されています。

それでは実際、畜産にどれほどの抗生物質が使われているのか、ちなみに日本での抗生物質の使用数量を参考にしましょう。

2012年の数字ですが、人間用には517トンで、これらの使用規制は薬事法で厚労省の管轄です。

動物用医薬品としては727トン、水産用で182トンで農水省管轄の薬事法で管理されます。

その他飼料安全法の基、飼料の品質低下防止と成長促進目的の飼料添加物として175トンです。

農薬は農業取締法で抗菌剤は169トンですが、その他化学合成の農薬があります。

抗生物質については、人間用517トンに比較して、畜酸、水産用は治療成長促進を合わせると1084トンで約2倍の数量で、多いと言えば多いです。

畜産、水産用の使用数量は、過去はもっと多く、耐性菌問題や安全な畜産物、農産物生産の要求が、消費マーケットから起こり、これでもかなり減量してきた結果です。

本来これ等の抗生物質は、医師や獣医師、農業指導者の指示によって適正に使用されるのが規則ですが、農家や、畜産事業者は生産性向上の美名のもとに、独自の判断で使用してきた過去があり、また政府も飼料などへの抗生物質の添加を認めてもいましたので、薬品を使用するのにためらいのない生産者も多くいました。

これは過去ではなく、現在も使用を続けている生産者はかなりの数です。

ですから農産物と畜産物の安全性に疑問を持つ消費者が後を絶たないのです。

さらに発展途上国などでは、医者や獣医師の許可がなくても、薬局店頭や動物薬専門店から、安易に手に入れることができますので、政府通達の薬品の規制はあっても、意味ないもののようです。

過去に中国はじめ発展途上国からの農産物、畜産物、魚類などが輸入され、残留薬検出で話題になったことが記憶にありますが、現在でも輸入されている牛肉、豚肉、うなぎ、サーモンなどの生産現場では、かなりの抗生剤が使われているとも聞きます。

このように食糧生産現場は、効率と利益を求める産業で、薬品を使うことで生産性が上がれば、消費者の不利益はあまり考えないようです。

作る人と食べる人の違いが、耐性菌出現の底辺にあるかもしれません。

いま日本の食料自給率は40%を切ります。

多くの農産物畜産物が輸入されます。

その国々がすべて無薬品で生産してるとは思いません。

実際日本の使用量は諸外国と比較したら適当かもしれません。

例えば中国などは動物用で12万トンとも聞きます。日本の120倍です。

日本の畜産物生産量と比較し、豚と鶏肉生産は20倍、卵生産は10倍の国で、120倍の使用量は恐ろしいです。

その結果、豚、鶏に発生する病原性大腸菌初め、幾つかの菌が耐性を持ち、現在抗生剤では治療できない病気発生で困っているようですが、この動物感染の耐性菌が、人間に感染しないとは言い切れません。

事実、薬剤耐性菌での死亡が20万人と発表されています。

私も中国の畜産指導の経験があり、若干は現場の様子はわかりますが、中国の食量生産の実態については、またの機会に譲りましょう。

世界保健機構(WHO)の発表によりますと、世界全体では家畜生産物からの耐性菌感染の危険性は20%以上であり、マーケットに陳列された生肉の15%ぐらいは、耐性菌に汚染されていると言います。

畜産での耐性菌は中国だけの問題でなく、全世界の問題となっている証明でもあります。

さて現在、世界の中で飼料に抗生物質添加を禁止したのはEU諸国で、2006年から実施しています。

聞くところによりますと、アメリカも抗生物質の飼料添加を禁止し、必要とするとき獣医師の判断で適正使用を認めるよう発表があり、今後法制化されるようです。

アメリカからの豚肉、牛肉の輸入が多い日本は、生産現場での抗生物質や成長促進の目的のホルモン剤の使用を恐れていましたが、もし薬剤禁止が実行されれば、日本の消費者にとっては朗報ですが、実際どこまで守れるかが問われます。
ところで私と私の会社は、韓国、台湾、中国、東南アジア諸国、西アジアのバングラデシュ、インド、中東のエジプト、サウジアラビアなどと仕事上の関係を持っています。

これ等の国々の抗生物質の使用はかなり問題があり、病気対策は勿論、利益を確保するための成長促進剤として、抗生物質を使用することに何の抵抗もありませんでした。

その中でタイ国だけは厳しい規制をしています。

その理由はブロイラー肉が輸出目的で生産されているからです。

EU諸国、日本、中東諸国などへの輸出は、無薬ブロイラー肉が常識です。

ことにEUへは、生産段階での飼育法から添加物の使用実績など、トレサビリティ—が義務つけられ、若干でも肉に薬品が残留していたら、輸入してくれません。

日本も厚生省の検査は厳しいですから、タイの生産者は出荷間際の生鳥には、抗生物質は絶対使用しないと思います。

このように世界のマーケットを対象に生産している国や企業は、安易に抗生物質は使用しません。

それだけに、国内需要だけを対象に生産している国の抗生物質使用は、どうしても甘くなります。

日本もその国の一つです。

政府も関係業者も生産農場も、自国民の安全のため薬を使用することは止めるとの意見は多いですが、実際はそれとは違う行動をする人もいますし、薬品会社は生存権のため薬品を売り込みます。

ところで、これらの国々の中にも心ある生産者がいて、抗生物質に替わる安全性が高く病原菌に対応できる代替薬品オルタネイティブ(Alternativ)を求めるようになりました。

その多くが生菌剤、プロバイオティック(probiotic)です。

分かりやすく言いますと、納豆菌や乳酸菌、酵母、カビ菌などの仲間です。

それと酵素、有機酸、ハーブなどもその中にあります。

この流れは世界的に大きな流れとなってきています。

その理由は人間へ感染する病原菌の耐性が、動物薬として使用した抗生物質にもあることが検証され、その認識が行政官、畜産関係者と生産農場の意識改革につながったからと思います。

私どもが関係している国のなかに、そのような考えを持った企業家が幾人も現れ、私どもが扱う薬品に替わる代替物生菌剤の取引が、増加してきたことも事実です。

価格的には薬品より高く、効果作用も薬品ほどの切れ味はありません。

しかし適正使用で病気予防から生産性向上にまで効果が出てきています。

なお連続的に使用していますと、農場にはびこっていた悪玉の病原菌が、善玉の生菌剤により生存範囲を狭められ、農場全体の正常化にもつながっているようです。

このような安全性の生菌飼料が畜産現場で常用化すれば、薬剤でないだけに耐性菌発生の頻度も減少し、それ以上耐性菌が出現しないでしょう。

それはとりもなおさず、畜産現場からの耐性菌が人間社会の方に移行しないことを物語るものです。

ただし、現在まで使用されている薬に対する耐性菌は、なかなか姿を変えないでしょうから、治療現場の病院などでの耐性菌感染が急に減少するとも思われません。

また耐性が出来ていない、新しい強力な治療用抗生物質が開発されるとも思われません。

もし開発されたとしても、その菌を殺す作用機序に対して抵抗できる菌が現れるでしょう。

しかし、そんなスーパー耐性菌が畜産現場から現れることのない、畜産事業をしたいものです。